« 子の虐待と、望まれない妊娠 | トップページ | 南アフリカからの便り »

2012.08.13

人をしばる「施設」としての病院 ― ゴッフマンの「全制的施設」から

残暑お見舞い申し上げます。あっと言う間に立秋が来て、暑さの合間に涼しい風が吹く季節となりました。皆様もどうかお体に気をつけてお過ごしください。今日は一見少し難しそうな話ですが、最近読んだ本の中で心に残ったものを御紹介しておきます。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

病院はとても特殊な場所だと思う。人体の修理工場であり、医師と看護師、医療者と患者の間にある力関係と際限ない折衝が閉じた空間で繰り広げられる。死がすぐそこに共存している。生きることと死ぬこと、悲しみと喜びがいつもともにある。

しかし病院には、他の施設との共通点も多くある。では、どのような施設とどのような点を共有しているのだろうか。アメリカの社会学者E.ゴッフマンは「全制的施設」(total institution)という概念を提示し、施設の収容者を外部から社会的・物理的に隔絶してその生活を包括的に統制する施設の特徴を考察している。ここではゴッフマンの議論を全て紹介することはできないけれど、そのほんの一端を紹介したいと思う。

特定の種類の活動が継続して行なわれるいくつかの部屋、一続きの部屋、建物、あるいは設備施設のような場所のことを「施設」と言う(ゴッフマン、1984、p.3)。たとえば、学校、工場、スポーツジム、刑務所などがある。その中でも「全制的施設」(total institution)とは、中に収容される「被収容者」(たとえば入院患者、修道女、服役者など)を社会的・物理的に外部から遮断してその生活を包括的に統制・規制する度合いが高い施設を言う。

ゴッフマン自身による定義を引用しておこう。

「いずれの施設もすべてその構成員たちの時間と関心の何ほどかを捉え、彼らに何らかの世界を与えている。要するにあらゆる施設は(人々を)包み込む様々な性状(テンデンシーズ)をもっているのだ。欧米社会の多岐多様な施設を概観してみると、そのうちのある種の施設は、包括制の程度が大きく、他の施設とは明確に異なっているものが認められる。これらの施設の包括的ないしは全制的性格は外部との社会的交流に対する障壁、ならびに物理的施設設備自体、たとえば施錠された扉・高い壁・有刺鉄線・断崖・水・森・沼沢地のようなもの、に組み込まれている離脱への障碍物(=障害物)によって象徴されている。この種の施設こそが私が全制的施設と称するものであり、私が探求したいと願っているのは、そのような施設の一般的性格である。」

(E.ゴッフマン著、石黒毅訳、『アサイラム 施設被収容者の日常世界』、ゴッフマンの社会学3、誠信書房、1984年、p.4)

ゴッフマンは病院一般ではなく、精神病院やハンセン氏病療養所などの医療施設のみを全制的施設として挙げている。それは、病院の種類によっては患者が自由に病院の中と外を行き来できるからだ。病院でいろんな目に遭っても、家に帰ることができる。私が調査をしたセネガルの小児科病棟は精神病院のようには人の出入りを制限していない。だから厳密な意味では「全制的施設」とは言えない。

しかし実質的には、地方の農村から都市の大病院へとやってきた子どもたちとその付き添いの親たちは自宅や家族からほとんど切り離されて生きていた。マリと国境を接する東部地域タンバクンダ州からやってきた農家の親子は、携帯電話を買うお金すら持っていなかった。だから13歳の少女はダカールにいる間中、母親と話をすることができなかった。病院の門はほとんどの時間帯に閉じられている。そして出入りをするためにはパスを見せたり守衛に説明をしなければならない。そもそも、病院自体がダカールの町外れの半島の先、という隔絶した場所にあった。そんな観点から、「全制的施設」についての話は比較的ダカールの病院にもあてはまる部分があった。

欧米の全制的施設には、5つの分類がある。

1. (一定の)能力を欠き無害と感ぜられる人々を世話するためのもの(例:盲人、老人、孤児、障害者のための収容所)
2. 自分の身の廻りの世話ができず、自分の意志とは関係なく社会に対して脅威を与えると感じられる人々を世話するためのもの(例:結核療養所、精神病院、ハンセン氏病療養所)
3. 社会に対して意図的危害を加えると感じられている人々から社会を守るために組織されたもの(刑務所、矯正施設、捕虜収容所、強制収容所)
4. 何か仕事らしいことを効果的に遂行することを意図して設置され、ただこの目的遂行の方途(として適切)という理由に基づいて(その設置が)正当化されている施設(兵営、船舶、寄宿学校、合宿訓練所、植民地商館、使用人居住区域に住むものの側から見た大邸宅)
5. 世間からの隠棲の場所として設置された営造物(僧院、修道院、その他の隠棲所)

こうした施設の特徴の一つとして、人の個性や意志や社会的背景と関係なく、収容者を画一した形でひとまとまりの集団として扱う、ということがある。少数の「職員」が、「被収容者」を監督するのである。

ゴッフマンは以下のように引用している。

「被収容者と彼らを看護する職員の間のコミュニケーションはある程度必要であるが、看護士の機能の一つは、被収容者が上級の職員へ意志を通ずることを統制することである。ある精神病院研究者は次のような例を提供している。(8)

『患者の多くは、回診のとき医師に診てもらいたいと切望しているのであるが、看護士は患者と医師の間の仲介者となって、医師が押し寄せる患者に謀殺されないようにしなくてはならない。』(Ivan Belknap, Human Problems of a State Mental Hospital, New York, McGraw-Hill, 1956, p.177)

「境界線を超えての会話が制限されているばかりでなく、また情報―ことに職員側の被収容者に対する計画についての情報―の流通過程も制限されている。典型的なのは、被収容者が自分の運命に関して採択された決定について知らされない場合である。公的な理由が、召集兵に派遣の目的地を隠す場合の軍事的なものであれ、結核患者に診断・治療計画・入院期間を知らせない場合のように医学的なものであれ、情報からの隔離は、幹部職員が被収容者から距離を保ち、彼らに対して統制力を振うのに、特別な基盤を与えるのだ。
 右のような接触の制限は、おそらく、対立的な紋切り型を保持し続ける働きをもつであろう、と思われる。いくつかの公式的な点に関しては接触をもちながらも相互にはほとんど浸透し合うことなく、ぎくしゃくしながら、社会的にも文化的にも二つの異なる世界が展開するのだ。(p.9)」

ダカールの病院では、患者の親が直接インターンや係の医師と話すことはできたけれど、実質的に全てを決めている教授と話すことは制限されていた。情報が医師から患者に対してほとんど伝えられていないことについても、ゴッフマンの分析があてはまるのかもしれない。医師や看護師は意識していなかったかもしれないけれど、病院は確かに患者やその付き添いの親たちを「ひとまとめ」に「統制」していた。それは、個々の医療者の意志とは別のところにある組織的なものだったように思う。

三毛猫

« 子の虐待と、望まれない妊娠 | トップページ | 南アフリカからの便り »

病院」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 子の虐待と、望まれない妊娠 | トップページ | 南アフリカからの便り »